アユタヤ王宮の面影を、今もその跡地にて伺い知ることが出来る。当初王宮は、初代ウートン王によりウィアン·レックの地に建設されたが、1353年、新都建設が完了すると、現在プラ·スィー·サンペット寺院のあるノン·サンの地に移された。全ての建物は木造であったと言われる。その後1448年、ボロム·トライ·ロカナット王により王宮はプラ·スィー·サンペット寺院に寄進され、新たに新王宮がロッブリー川の北側に建てられた。新王宮内には、幾つものホールが建てられていたが、それが今も王宮跡として知られている。代々アユタヤ王の居城とされたこの新王宮は、北側市壁側、チャンカセム宮殿から2キロの場所にある。
開場時間:8:30~16:30(年中無休)
詳細は、電話番号:035-242284まで。
王宮内には、以下の様な価値ある建物が数多く残されている。 ウィハーン·ソムデット·ホール 王宮跡南側に位置し、その屋根から突き出る石造りの仏塔(プラーン)が特徴。切妻屋根の廂部分は、前方と後方部が広く、両脇部分が狭くなっており、何れも壁で囲まれている。記録によると、このホールは1643年、プラサート·トン王の命により、落雷のため消失したマンガラピセク·ホールの代わりとして建てられた。金箔を施された最初の建物だったため、当時の人達の間では、?プラサート·トーン(黄金のプラサート)と言う名前で親しまれていた。様々な王室行事に利用されていたと言う。 サンペット·プラサート·ホールウィハーン·ソムデット·ホールと同じ建築様式が用いられているこのホールの特徴は、前方の広い柱廊玄関。当時は、外交使節団用応接の間として用いられていた。このホールの両側にある小屋では、王室を保護する存在として神聖視されている白象が飼われていたと言う。 スリヤット·アマリンドラ·ホール アユタヤの街を囲む市壁の内側、チャオプラヤー川岸に位置。三層切妻造りの屋根を持つこのホールは、当初?サリヤマリン·ホール?と言う名前で呼ばれていたが、その後サンペット·プラサート·ホールの名の響きに似せ、スリヤット·アマリンドラ·ホールと改名された。チャオプラヤー川を行く船行列を見物するため、その床は外のホールのものより高くなっている。 ジャカワット·パイチャヨン·ホール1632年、プラサート·トン王の命により、王宮の内側城壁に建てられた。当初?スィーヤソトーン·マハピマンバンヨン·ホール?と言う名が付けられたが、後に?ジャカワット·パイチャヨン·ホール?と改名された。アンコール·ワットに似た建築様式で、三層切妻造りの屋根を持つこのホールは、王が行列を見物したり、閲兵する際に用いられた。バンコク王宮内で言えば、プッタイ·サワン·ホールに相当する建物である。 トリ·ムック·ホールサンペット·パサート·ホールの裏手にある。このホールの建設年は不明だが、後宮庭園内の休憩所として使用されていたと思われる。 バンヨン·ラッタナ·ホール(タイ·スラ·ホール)池の中洲に建てられた四層軒切妻造りの建物。1688年に、ペッタ·ラーチャ王の命により建てられ、王はこれを終生の住居とした。王が池の魚を眺める際に座ったとされる玉座が残されている。 ソン·プーン·ホールバンヨン·ラッタナ·ホールの西隣に位置。主に歌の稽古などに用いられていたが、プラ·ペット·ラーチャ王の時代には、謁見の間として利用された。